
相続手続きで遺産分割協議をするのが面倒と感じる人もいるかもしれません。しかし相続人同士でしっかりと話し合いしなければ、相続財産の所有者が決まらず、日常生活でも不便さを感じる恐れがあります。
この記事では、遺産分割協議をしないとどうなるのか、生じる可能性のあるリスクを説明します。手続きの進め方も踏まえて解説するので、相続手続きに悩んでいる人は参考にしてください。
1.遺産分割協議とは?
遺産分割協議とは、相続人同士で遺産をどのように分配するかを決める話し合いです。以下の条件を満たす場合は、実施しなくてもよいとされています。
- 法定相続分に基づいて分配する
- 遺言に従って分配する
- 相続人がそもそも一人しかいない
一方で上記の条件を満たさないときは、原則として遺産分割協議が必要です。
2.遺産分割協議をしないとどうなる?

相続人間で遺産分割協議をしないと、日常生活にも支障をきたす恐れがあります。考えうるリスクは以下の8つです。
- 遺産分割がいつまでもできない
- 遺産の売却や担保設定が難しくなる
- 新たな相続人との関係が複雑になる
- 遺産の使い込みにつながる
- 税制上の優遇措置が受けられなくなる
- 長期間の経過により相続人の認知症リスクが高まる
- 相続人全員で債務等を負担しないといけなくなる
- 相続登記できずに罰則が科せられる
それぞれ解説していきます。
2-1.遺産分割がいつまでもできない
まず注意したいポイントが、遺産分割協議をしないと遺産分割がいつまでもできなくなることです。たとえば不動産を相続するとき、被相続人の名義から新しい所有者名義に変更しないといけません。
しかし遺産分割協議が完了しなければ、こうした手続きにも進めなくなります。相続が発生したら、早めに話し合いできるようにすることが大切です。
2-2.遺産の売却や担保設定が難しくなる
遺産分割協議をしないと、遺産の売却や担保設定も難しくなります。相続が発生した段階では、遺産は共有している状態と扱われます。
共有の場合、売却や担保設定をする際には共有者全員の同意が必要です。自由に売却や担保設定をするのであれば、遺産分割協議で所有権を取得しなければなりません。
2-3.新たな相続人との関係が複雑になる
新たな相続人との関係が複雑になる点も、遺産分割協議を終わらせていないリスクの一つです。たとえば自分の父が死亡し、長男と次男が相続人になると仮定しましょう。
しかし、遺産分割協議を済ませない間に次男も死亡した場合は、次男の家庭でも相続が発生します。このように相続人の人数がどんどん増えると、権利関係が複雑化しやすくなるわけです。
新たに相続人が現れてしまうことで、トラブルを招く可能性も高まるので注意してください。
2-4.遺産の使い込みにつながる
遺産分割協議を済ませていなければ、所有者が決まらない状態も続きます。この状態が続くと、生活に困っている相続人や第三者が被相続人の遺産を使い込むリスクも高めてしまいます。
権利のない人が遺産を使い込む行為は、法律でも禁止されている行為です。しかし知らぬ間に使い込まれてしまうと、証拠をつかめずに取り戻せなくなる場合もあります。
遺産分割調停をしたり、訴訟で争ったりする手続きにもつながるため、遺産分割協議を開催したうえで、早めに所有者を確定させましょう。
2-5.税制上の優遇措置が受けられなくなる
多額の遺産を引き継いだ場合、相続税の対象になる場合もあります。遺産の所有者が明確に決まっていないと、税制上の優遇措置が受けられなくなるので注意しましょう。
たとえば小規模宅地の特例を受けるには、遺産分割協議書の添付が必要です。仮に小規模宅地の特例の要件を満たしていても、80%軽減(特定居住用宅地等)が適用されなくなります。遺産分割協議が終わっているかどうかは、経済的負担にも影響を与えます。
2-6.長期間の経過により相続人の認知症リスクが高まる
遺産分割協議が終わらずに長期間経過してしまうと、相続人の一人が認知症になるケースも考えられます。相続人が重度の認知症を患った場合、基本的に遺産分割協議には参加できません。家庭裁判所で後見開始の申立てをし、代わりに後見人が参加する必要があります。
後見開始の申立てから、審判が下されるまで約3〜4ヶ月程度の期間がかかります。遺産分割協議は相続人全員の参加が必要であるため、後見人が現れるまで話し合いできません。相続人全員が元気なうちに、遺産分割協議を終わらせるようにしましょう。
2-7.相続人全員で債務等を負担しないといけなくなる
被相続人の遺産の中には、資産以外に負債が含まれていることもあります。負債も相続財産の対象であり、相続放棄しない限りは債権者に対して責任を負わないといけません。
遺産分割協議は、誰が債務を負担するかを決める上でも重要です。話し合いが終わるまでは負債も共有となり、原則として相続人全員で負担します。放置していた場合、債権者から訴えられる可能性もあるため、負債があるときはとくに注意してください。
2-8.相続登記できずに罰則が科せられる
被相続人が不動産を所有していたのであれば、相続登記を済ませなければいけません。2024年4月より、3年以内に相続登記をしなかった人は10万円以下の過料に科せられます。登記を済ませないと、不動産の売却等もできなくなるので注意が必要です。
3.遺産分割協議をしなくていいケースもある
一方で、遺産分割協議をしなくていいケースもあります。それは、以下のような4つのケースです。
- 相続人が一人しかいないケース
- 被相続人が生前に遺言書を作成していたケース
- 法定相続分通りに遺産を分割するケース
- 被相続人の遺産が預貯金や現金しかないケース
ご自身の状況に当てはまるものがないか、確認しておきましょう。
3-1.相続人が一人しかいないケース
故人の財産を相続する権利を持つ相続人が、法律上一人しかいない場合には、遺産分割協議をおこなう必要は全くありません。
遺産分割協議というのは、相続人が二人以上いる場合に、誰がどの財産をどのくらい受け継ぐかを決めるための話し合いです。相続人が一人の場合は、遺産の分け方を話し合う相手がいないため、遺産分割協議を実施する必要がないのです。
相続人が初めから一人しかいないケースでは、その一人が全ての遺産を相続することが法律で決まっています。したがって、遺産分割協議による話し合いの必要はなく、その相続人が単独で名義変更などの手続きを進めることになります。
3-2.被相続人が生前に遺言書を作成していたケース
故人が生前に、誰にどの財産を相続させるかを具体的に指定した有効な遺言書を作成していた場合、原則として遺産分割協議をおこなう必要はありません。
遺言書は、亡くなった方の最後の意思を示すものです。そのため、遺言書の内容に従って財産を分けるのであれば、相続人同士で改めて分け方を話し合う必要はありません。
ただし、遺言書に法的な効力はありません。遺言書に書かれていない財産が見つかった場合や、遺言書の内容が法的に無効だった場合、遺言書の内容に反対する相続人がいる場合は、遺産分割協議が必要になります。
3-3.法定相続分通りに遺産を分割するケース
相続人全員が、法定相続分の通りに遺産を分けることで合意している場合、遺産の分け方について話し合う協議そのものは不要と考えることもできます。民法で定められた割合で分けるだけなので、誰がどれだけもらうかという点での話し合いは必要ないというわけです。
ですが、銀行で預貯金の解約手続きをおこなったり、法務局で不動産の名義変更(相続登記)をおこなったりする際には注意が必要です。
たとえ法定相続分で分けるとしても、「相続人全員がその分け方に同意している」という証明のために、遺産分割協議書やそれに代わる全員の同意書の提出を求められることが実務上は非常に多くなっています。
そのため法定相続分で分ける場合でも、各種手続きをスムーズに進めるために、遺産分割協議書を作成し合意内容を書面に残しておくほうが賢明といえます。
3-4.被相続人の遺産が預貯金や現金しかないケース
亡くなった方の遺産が銀行の預貯金や手元の現金だけで、不動産や株式などが全くない場合、相続人全員の合意があれば遺産分割協議書を作成しなくても手続きを進められることがあります。
不動産のように分割が難しく名義変更に必ず書類が必要になるものと違い、預貯金は比較的分割しやすい財産です。とくに2019年の民法改正で、相続人は遺産分割協議が完了する前でも、一定の上限額までであれば単独で預金の払い戻しを受けられる「仮払い制度」も利用できるようになりました。
しかし、遺産の全額を解約・分配する場合や、金融機関の方針によっては、依然として遺産分割協議書や相続人全員の署名・捺印が揃った同意書の提出を求めてくるケースも少なくありません。
そのため、事前に金融機関へ必要書類を確認するのが最も確実な方法です。
4.遺産分割協議の進め方

遺産分割協議を進めるには、一般的に次のプロセスを踏みます。
- 遺言書がないかを調べる
- 被相続人の財産状況を調べる
- 相続人が誰かを調べる
- 遺産分割協議書を作成する
相続税の納付期限は、相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内です。つまり短い期間で遺産分割協議を終わらせ、誰がどのように相続するかを決定しなければなりません。
4-1.遺言書がないかを調べる
遺産分割協議をする前に、遺言書の有無について調べましょう。遺言書は自宅や公証役場、法務局で保管されている可能性があります。
公正証書遺言書を調べる際には、公証役場の遺言検索システムが便利です。ただし遺言の中身までは見れないので、公証役場へ取りに行くか、郵送で届けてもらうかしてください。
4-2.被相続人の財産状況を調べる
遺言書を探しつつ、被相続人の財産調査も必要です。預貯金のみならず、以下の財産を有していないかも調べてみましょう。
- 不動産
- 貴金属
- 有価証券
- 自動車
- 借金および未払金
まずは預貯金通帳や不動産に関する契約書など、書類が保管されていないかを確認します。被相続人と別居していたのであれば、郵便受けのチェックも忘れないでください。
不動産を持っていることだけ知っていても、どこにあるかわからないケースもあるでしょう。この場合は、市区町村役場から名寄帳を取得することで、具体的な所在地が判明します。
4-3.相続人が誰かを調べる
遺産分割協議をするには、相続人全員が参加しなければなりません。そのため誰が相続人となるか、戸籍謄本を用いて調べる必要があります。
被相続人の配偶者は、相続放棄しない限りは必ず相続人となります。そのほかの相続人については、表で示したとおりです。
順位 | 相続人 |
第一順位 | 子 |
第二順位 | 直系尊属(父母や祖父母など) |
第三順位 | 兄弟姉妹 |
ここで注意しなければならないポイントが、代襲相続人の存在です。たとえば被相続人の長男が亡くなっていた場合、その子が代襲相続人として相続権を有します。
被相続人の籍が何度も変わっている場合は、戸籍謄本をすべて揃えるのが一般的です。相続人が判明したら、遺産分割協議する旨を全員に連絡してください。
4-4.相続人全員参加したうえで遺産分割協議書を作成する
相続人に連絡したら、全員で話し合ったうえで遺産分割協議書を作成します。全員が一つの場所に集まるのが一般的ではあるものの、手紙やチャットによる方法も可能です。ただし、相続人全員の署名捺印が必要になる点に注意してください。
作成した遺産分割協議書の主な提出先と効力は以下のとおりです。
提出先 | 効力 |
法務局 | 相続登記ができる |
銀行 | 預貯金口座の名義変更ができる |
証券会社 | 有価証券(株式・投資信託)の名義変更ができる |
税務署 | 相続税の申告ができる |
運輸支局 | 自動車の名義変更ができる |
手続きする際には、ほかに添付書類がないかも確認しましょう。
5.遺産分割協議が解決しない場合の対処法
遺産分割協議では、分割方法を巡って相続人とトラブルになることも珍しくありません。この場合は、専門家も交えたうえで解決を目指すのをおすすめします。具体的な対処法についてまとめます。
5-1.司法書士等の専門家に相談する
遺産分割協議が解決しない場合、司法書士等の専門家に相談したほうが賢明です。司法書士は弁護士とは違い、両者の間に立って争いを解決させる権利はありません。しかし相続手続きのプロであるため、中立の立場からアドバイスできます。
司法書士に相談は、遺産分割協議が終わったあとの書類作成にも対応できるのが強みです。仮に相続登記が必要となった場合、法務局での申請書類を作成してもらえます。相続手続き全般がスムーズに進みやすくなるので、一度相談してみるのをおすすめします。
5-2.遺産分割調停や遺産分割審判を検討する
遺産分割協議がまとまらないときの対処法として、遺産分割調停や遺産分割審判も検討してみましょう。遺産分割調停とは調停委員会が相続人の間に立ち、話し合いで解決を図る手法です。
相続人は基本的に直接顔を合わせず、調停委員に意見を伝えます。感情的な対立を避けやすく、冷静な話し合いができるのがメリットです。
遺産分割調停でも解決できないのであれば、遺産分割審判を申し立てる方法もあります。こちらは裁判所が、遺産分割の内容を決めるのが特徴です。遺産分割審判を申立てするうえでは、必ずしも遺産分割調停を踏まないといけないわけではありません。
6.まとめ
遺産分割協議をするのは面倒に感じるかもしれませんが、相続人全員の生活にかかわる重要な手続きです。トラブルを未然に防ぐには、迅速に対応を進めないといけません。
遺産分割協議を進めるには、調査や書類作成などが必要です。争いが生じたら、調停や訴訟を提起する可能性もあるでしょう。さまざまなケースに備えるためにも、司法書士に一度相談したほうが賢明です。
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