相続登記に遺産分割協議書は必須?ない場合の手続きの進め方
代表相続人が遺産を分配しないときに考えられる理由と対処法
2025.09.30

被相続人が亡くなったとき、代表相続人に相続手続きを依頼することもあるでしょう。そして相続手続きが進むなかで、代表相続人が遺産を分配しないといったトラブルが発生する恐れもあります。
この記事では、代表相続人が分配しない場合の対処法を詳しく解説します。同様のトラブルに悩まされている方は、ぜひ記事を最後まで読んでみてください。
1.そもそも代表相続人とは?
代表相続人とは、その名の通り「相続人のなかで代表して相続手続きを担当する人」のことです。必ずしも選ばなければいけないものではなく、任意で決められます。
相続は手続きが複雑なほか、市役所や税務署、金融機関などの複数の機関でやり取りするケースも少なくありません。相続人全員が、これらにすべて対応することは難しいでしょう。したがって平日でも問題なく行動でき、信頼の置ける人に代表相続人として手続きしてもらうのがおすすめです。
ここでは代表相続人の仕事を深堀りすべく、どのような役割を持つのかを詳しく見ていきましょう。
1-1.代表相続人が持つ役割
代表相続人の持つ役割として、挙げられるのが以下の5点です。
- 預貯金や株式などの資産の取得・分配
- 土地・建物の名義書き換え手続き
- 固定資産税の通知受領・確認
- 相続税申告に関する税理士とのやり取り
- そのほかの遺産整理・相続関連手続き
それぞれの作業において、どのような役割を担っているかを解説します。
1-1-1.預貯金や株式などの資産の取得・分配
代表相続人の主な役割は、被相続人の預貯金や株式を取得し、ほかの相続人に分配することです。基本的に被相続人が亡くなったら、銀行口座や証券口座を解約しなければなりません。
本来、銀行口座の解約手続きは相続人全員でおこないます。一方で代表相続人を選べば、全員で対応せずに完結できるためおすすめです。
解約手続きが完了したら、被相続人の預貯金や株式は、代表相続人の銀行口座・証券口座へ振り込まれます。その後、ほかの相続人に分配されるのが基本的な流れです。
1-1-2.土地・建物の名義書き換え手続き
被相続人が不動産を所有していたら、土地および建物の名義書き換え手続きも必要です。名義人を変更するには、法務局で手続きしなければなりません。
基本的に不動産の名義変更は、司法書士に依頼したうえで進めたほうが賢明です。ただし司法書士とやり取りするにも、代表相続人を決めておくとスムーズになる場合もあります。費用は、代表相続人が一度全額を支払い、後日ほかの相続人から回収する方法が一般的です。
また家庭によっては、被相続人が所有していた土地や建物を誰も相続しないケースも考えられます。これらの不動産を第三者に売却する場合も、一度名義を相続人に移動させないといけません。
不動産は、名義人がいない状態で売買契約を結べないためです。したがって被相続人が土地や建物を所有していたら、基本的には登記申請が必要になると考えておきましょう。
関連記事:相続不動産の名義変更は自分でできる?自分でするメリット・デメリット
1-1-3.固定資産税の通知受領・確認
同じく被相続人が不動産を所有していたら、固定資産税も納付しなければなりません。固定資産税とは、土地や建物といった固定資産を所有している者に課せられる税です。
名義変更を完了していないと、被相続人あてに固定資産税の通知が送られてしまいます。通知に気づかずに納付が遅れてしまい、延滞金が発生する事態にもなりかねません。
そこで代表相続人を選んで市役所に届け出れば、その者に通知が送付されます。固定資産税の見落としを防ぐうえで役立ちます。
代表相続人に選ばれた側からすれば、「自分一人で全額納税しないといけないのか」と不安になるかもしれません。しかし固定資産税は、不動産を所有している全員に納税義務があります。一人で負担するわけではないため、その点も踏まえてほかの相続人と話し合いましょう。
1-1-4.相続税申告に関する税理士とのやり取り
相続した財産の額が「3,000万円+(600万円×相続人数)」を超えた場合、相続税を納めないといけません。しかし相続人だけで対応すると、申告漏れが発生しやすくなるため、基本的には税理士とやり取りします。
税理士に依頼する際にも、費用の支払いや必要書類の提出といった手続きが必要です。代表相続人を決めておけば、こうしたやり取りもスムーズに進みやすくなります。
相続税は、被相続人の死亡を知った日の翌日から10カ月以内に申告しなければなりません。申告期限に間に合わせるためにも、税理士とやり取りする代表相続人の選定も選択肢の一つに入れておきましょう。
1-1-5.そのほかの遺産整理・相続関連手続き
相続手続きを進めるにあたって必須となるのが、被相続人の遺産整理です。遺産整理を司法書士に依頼する際には、代表相続人が立会人となります。
死亡保険金の受取人が複数いるとき、代表相続人の口座への振込が可能です。ほかの相続人は、保険会社に「代表選任届」「印鑑証明書」を提出しましょう。
ほかにも被相続人が自動車を所有していたら、名義変更をしなければなりません。代表相続人が手続きする際には、遺産分割協議書が必要です。このように代表相続人は、さまざまな手続きを一人でおこなえます。
2.代表相続人が遺産を分配しないときに考えられる理由

代表相続人が遺産を分配しない理由は、実に様々です。まずは、代表相続人からの遺産分配がなぜ滞っているのか、その背景にある理由を冷静に見極めることが、適切な対処法を考える上での第一歩となります。
ここでは、考えられる理由を、3つの大きなカテゴリーに分けて解説します。
2-1.法律的・手続き上の理由
法律上・手続き上の理由が原因で代表相続人からの分配が遅れている場合、以下の3つが考えられます。
- 相続手続きをまだ完了させていない状態にある
- 相続放棄や債務の調査を進めている相続人がいる
- 遺産の構成が複雑で整理できていない
それぞれ解説します。
2-1-1.相続手続きをまだ完了させていない状態にある
よくあるのが、代表相続人が、相続人全員の戸籍謄本を集めたり、故人の財産調査をおこなったりしている最中で、まだ手続きの途中であることです。
とくに、相続人が多かったり、財産が各地に点在していたりすると、相続に関連する調査だけでも数カ月単位の時間がかかることは珍しくありません。この場合は、悪意なく、単純に時間がかかっているだけのケースといえます。
2-1-2.相続放棄や債務の調査を進めている相続人がいる
相続人の中に相続放棄を検討している人がいる場合、その手続きが完了するまで、遺産の分配は開始できません。
相続放棄の申述期間は「知った時から3カ月」です。もし誰かが相続放棄をすれば、相続人の構成そのものが変わる可能性があるため、ほかの相続人はその結果が確定するまで待たなければなりません。
債務の調査をおこなっている相続人がいる場合も同様です。借金の全体像が判明するまで相続放棄の決断をおこなえず、結果として相続全体の手続きが滞る場合があります。
関連記事:相続放棄の期間を知らなかった!期間が過ぎても相続放棄が認められる条件
2-1-3.遺産の構成が複雑で整理できていない
遺産の構成が複雑な場合も、代表相続人からの分配が遅れる原因となります。遺産が、現金や預貯金以外にも、以下のようなすぐに現金化できない、あるいは価値の評価が難しい財産で構成されている場合です。
- 不動産
- 非上場の株式
- 美術品
不動産を売却して分ける(換価分割)場合は、買い手が見つかるまで、半年から1年以上かかることもあります。このようなケースでは、代表相続人も、遺産を分配したくてもすぐに分配できる状態にない可能性があります。
2-2.人間関係・心理的理由
人気関係や心理的な理由が原因で代表相続人からの分配が遅れている場合、以下の3つが考えられます。
- 遺産を独占したい、優位に立ちたい気持ちがある
- 家族間のトラブルや確執が続いている
- 遺産分割協議書の内容に納得できていない
一つずつ見ていきましょう。
2-2-1.遺産を独占したい、優位に立ちたい気持ちがある
非常に残念なことですが、代表相続人が、意図的に遺産を独り占めしたり、ほかの相続人より優位な立場で交渉を進めたりするために、遺産の分配を拒んでいるケースもあります。
いずれは分配しなければならないと分かっていながら、少しでも長く自分の手元にお金を置いておきたい、あるいはほかの相続人を精神的に疲れさせ、不利な条件を飲ませようとしているのです。
このようなケースでは、最悪の場合弁護士を介した対応が必要になるケースもあります。
2-2-2.家族間のトラブルや確執が続いている
代表相続人と特定の相続人との間に不仲や過去のトラブルといった確執がある場合、感情的な理由から、意図的に遺産の分配を拒否している可能性があります。
遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要です。家族間の関係性が悪いと話し合いを進めるのが非常に困難になります。とくに、故人の生前の介護や、金銭的な援助に対する貢献度を巡って意見が対立したり、感情的なしこりが残っていたりする場合、話し合いが滞りがちです。
代表相続人が特定の相続人との対立を避けようとして、分配を先延ばしにすることもあります。このような人間関係の問題は、法的な解決だけでは難しい場合が多く、弁護士などの専門家の仲介が必要になる場合が多いです。
関連記事:【相続で揉める家族の特徴13選】揉める原因や対策も解説
2-2-3.遺産分割協議書の内容に納得できていない
代表相続人が遺産分割協議書の内容に納得できておらず、遺産が分配されないこともあります。遺産分割協議の内容に一度は合意したものの、あとになって不公平だと感じたり、特定の相続人の主張が通らなかったりするようなケースです。
代表相続人自身が、協議で不利な立場に置かれたと感じ、署名や分配をおこなうのを拒否するケースも存在します。また、ほかの相続人から不当な要求を受けていると感じ、分配を保留にすることもあります。
このような場合、再度協議をおこなう必要があり、事態が長期化する傾向にあります。
2-3.実務上の理由
実務上の理由が原因で代表相続人からの分配が遅れている場合、以下の3つが考えられます。
- 遺産を独占したい、優位に立ちたい気持ちがある
- 家族間のトラブルや確執が続いている
- 相続人が理解できていなかったり、判断を保留している
一つずつ見ていきましょう。
2-3-1.手続きが煩雑で負担がかかっている
代表相続人に悪意はなくとも、相続手続きのあまりの煩雑さに一人で対応しきれず、結果として分配が遅れてしまっているケースも少なくありません。
平日の日中に、何度も役所や金融機関に足を運び、大量の書類を集めて提出する作業は、非常に大きな時間的・精神的負担です。仕事や介護などで忙しい方の場合、手続きが滞ってしまうのは、ある意味で仕方がないことかもしれません。
2-3-2.税金や負債の精査を行っている
遺産の総額が大きく、相続税の申告が必要な場合、代表相続人が税理士に依頼して、納税額を正確に計算している最中である可能性が考えられます。
相続税の納税資金を故人の預金から支払う必要があるため、納税額が確定し、税務署への申告・納付が完了するまで、各相続人への分配を安全のために保留しているケースです。
2-3-3.書類に不備があったり、権利関係が確認できていない
遺産分割協議書が無事に完成し、金融機関に提出したものの、署名や押印の漏れ(あるいは記載内容の誤り)といった書類の不備を指摘され、手続きが止まっている可能性もあります。
また、不動産の相続登記を進めるうえで、権利関係が複雑な土地(たとえば、祖父名義のままになっているなど)が見つかり、その調査に予想以上の時間がかかっている場合も考えられます。
3.遺産を分配しない代表相続人への具体的な対処法【5ステップ】

代表相続人が遺産を分配してくれないと、ほかの相続人とトラブルに発展する恐れがあります。最初から裁判で戦うのではなく、5つのステップを踏んで対処することが賢明です。
- まずは話し合う
- 内容郵便証明で、支払いを正式に請求する
- 遺産分割調停を申し立てる
- 裁判所に訴訟を提起する
- 最終手段として「強制執行」する
各ステップにおいて、どういった手続きが求められるかを解説します。
3-1.①まずは話し合う
代表相続人が遺産を分配しない場合、まずは話し合いで解決を目指すようにしてください。なぜ遺産を分配しないのか、理由を詳しく聞いてみましょう。
本来であれば、相続財産は相続人全員がもらえる権利を持ちます。したがって代表相続人と話し合うときは、なるべく相続人全員が同席することをおすすめします。
仮に話し合いで解決したら、その内容を書面に残すとよいでしょう。書面の作成時には、代表相続人から署名捺印ももらってください。
書面で証拠を残しておかないと、あとから「やっぱり分配しない」などと拒否された場合に対処できなくなります。将来的に余計なトラブルを生まないためにも、証拠書類をしっかりと残すことが大切です。
3-2.②内容証明郵便で、支払いを正式に請求する
代表相続人が話し合いに応じないときは、内容証明郵便で正式に支払いを請求しましょう。内容証明郵便を使うメリットは、支払いを請求したという証拠が残る点です。そのため相手は、「請求を受けていない」と言い訳できなくなります。
加えて内容証明郵便を使うと、代表相続人にプレッシャーを与えられます。無論、あくまで請求書の一つであるため、内容証明郵便によって相手の財産を差し押さえできるわけではありません。
しかし単純に書面が送られてくると、たいていの人は法的措置を採られるのではと不安に感じるでしょう。電話やメールでやり取りするよりも、何かしら対応してくれる可能性が高まります。
3-3.③遺産分割調停を申し立てる
話し合いや書面上の請求をしても応じてもらえないときは、遺産分割調停も検討するとよいでしょう。遺産分割調停とは、家庭裁判所の調停委員を間に立たせ、トラブルの解決を目指す方法です。
基本的には、相続人全員が家庭裁判所に足を運ばなければなりません。ただしやむを得ない理由により、家庭裁判所に出廷できない相続人がいるときは、特別に電話での対応が認められるケースもあります。
遺産分割調停が不成立となったら、そのまま審判に移行し、家庭裁判所より最終的な判断が下されます。
3-4.④裁判所に訴訟を提起する
基本的に遺産分割のトラブルは、遺産分割調停や遺産分割審判で解決を図ります。一方で内容によっては、地方裁判所(訴額が140万円以下であれば簡易裁判所)への訴訟の提起が可能です。
具体例として、代表相続人が遺産を使い込んだケースが挙げられます。この場合、損害賠償請求訴訟や不当利得返還請求訴訟を提起し、金銭の支払いを要求できます。
ほかに考えられるのが、「代表相続人となった子に全財産を譲る」と遺言に記載されている事案です。こういった遺言が残されていても、各相続人には遺留分侵害額の請求が認められています。遺留分を争う場合は、地方裁判所に遺留分侵害額請求訴訟を提起しましょう。
関連記事:公正証書遺言に納得がいかないときの対処法と遺言が無効になる5つのケース
3-5.⑤最終手段としての「強制執行」する
遺産分割審判や訴訟を経ても、代表相続人が分配しない場合はまず「履行勧告」に移りましょう。履行勧告の手続きをすると、家庭裁判所から「履行命令」が発令されます。
これらの対応をしても分配してくれないのであれば、最終手段として「強制執行」を検討してください。強制執行は、地方裁判所に申し立てることで手続きがスタートします。
当該手続きを採れば、代表相続人の銀行口座や給料の差し押さえが可能です。不動産を引き渡さない代表相続人については、執行官の立会いの下で強制的に明渡しがおこなわれます。
4.代表相続人が遺産を分配しないトラブルを避けるためにできること
代表相続人が遺産を分配しないトラブルを避けるには、選定や遺産分割協議の段階から入念に考える必要があります。それぞれどう対策すべきか、詳しく見ていきましょう。
4-1.代表相続人に適した人を選定する
遺産が分配されないトラブルを防ぐには、代表相続人に適した人を選定しましょう。金銭をしっかりと管理してくれそうな、信頼の置ける人を選んでください。
もちろん代表相続人は、平日に市町村役場や金融機関で手続きできる人を優先したほうが望ましいです。しかし信頼できない人を選んでしまったら、手続きがスムーズに進まなくなる恐れがあります。
なお代表相続人は、複数人選んでも問題ありません。したがって預貯金口座の手続きは長男に、不動産の手続きは次男に依頼するといった方法も可能です。代表相続人の負担が軽減されるため、トラブルも防ぎやすくなります。
4-2.正式な遺産分割協議書を作成しておく
代表相続人に財産を分配させるには、正式な遺産分割協議書を作成することも大切です。遺産分割協議書は、相続人全員が遺産分割に同意した証明書となります。書面上で証拠を残しておけば、財産の分配を巡るトラブルも防ぎやすくなるでしょう。
遺産分割協議書を作成する際には、代表相続人の氏名も併せて記載してください。そうすれば金融機関側も、代表相続人がほかの相続人のために遺産を一時的に預かっていると判断できます。
こういった証明がないと、ほかの相続人に遺産を分配する行為が、贈与とみなされる恐れもあります。贈与税が発生する恐れもあるため、遺産分割協議書で代表相続人が代わりに手続きしている旨を証明できるようにしてください。
関連記事:遺産分割協議書を作成しないとどうなる?起こりうる6つのトラブル例
5.相続手続きの初期段階から司法書士に相談するのがおすすめ
相続手続きは全体的に複雑であり、初心者だけで対応すると思わぬトラブルに巻き込まれやすくなります。そこで初期段階から、司法書士に相談することをおすすめします。
司法書士の強みは、相続登記や遺産分割協議書の作成がスムーズに進みやすくなる点です。140万円以下の簡易訴訟であれば、訴訟代理人として依頼者をサポートします。
ただしすべての司法書士が、必ずしも相続手続きに対応できるわけではありません。複数の事務所に訪問し、最もニーズを満たしてくれそうな人を選ぶとよいでしょう。
6.まとめ
相続手続きは、代表相続人を選ぶとスムーズに進みやすくなります。一方で代表相続人の選定は、遺産を分配しないトラブルを招く恐れもあります。
当該事態を防ぐためには、遺産分割協議書できちんと証拠を残すことが大切です。上記の対策をしても遺産を分配してくれないときは、話し合いや遺産分割調停で解決を図ってください。
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